採集鉱物図鑑
河津鉱山猿喰ヒの稀産鉱物

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河津鉱山は静岡県下田市の市街地から北方約4キロメートルに位置する、大小20以上の熱水性金銀鉱脈鉱床群である。周辺の地質は鮮新世の須原安山岩を主とし、安山岩質砕屑岩や玄武岩、流紋岩を伴っている。これらは広く熱水の影響を受けて、珪化、粘土化しており、河津鉱山はこの中の石英帯に伴って沈殿したものである。西南から大沢、桧沢、鶴ヶ峰、猿喰、橋掛、大方、藤ヶ坑、八木山、堀之内、安城などの鉱脈群があり、テルルを含む鉱物が確認されているのは大沢、桧沢、鶴ヶ峰、猿喰、八木山。休山して久しく、現在は湧出する温泉水が河津温泉郷に供給されている。
 大沢では、西端に位置する黄鉄鉱―自然テルルの露頭からテルル石、ソノラ石などが見出されて話題となった。大沢ヒの坑口下のズリでは石英中のテルル石、ビスマスを含むウィチヘン鉱、これに伴う淡い青緑色のバリシア石が、また、新鉱物の河津鉱やテルル−金銀鉱なども見つかって話題となった。桧沢では陶器状石英中のテルル石、自然テルルなどの他、ゼーマン石、その変種である欽一石が新鉱物として記載されている。橋掛ヒではテルル系鉱物はなく、マンガン鉱物が主体で、方解石、ピンクの針状結晶の集合になるイネス石、ヨハンセン輝石、菱マンガン鉱などが知られている。堀之内ヒでは輝銀鉱−輝銅鉱などがみられる。
 猿喰ヒは、鉱山の稼業している最中に鉱奥の地中深くでゴールドフィールド鉱に伴う手稲石が見出されるなど、極めて興味深い鉱物生成環境にあるが、現在は温泉水の湧出のため、鉱石はその奥深くに眠っていて再確認はできない状況。ところが数年前、探索によって、意外にも猿喰ヒのものと推測されるズリが見出され話題となった。これまで、猿喰ヒのズリは既に存在しないものと考えられていた。だが、筆者は、鉱脈図と地図を重ね合わせ、坑口及びズリの存在の可能性のある沢を一筋一筋確認し、探り当てたのである。
 ズリより採集したテルルを含む鉱物は、黄鉄鉱と混じり合うように産出する砒四面銅鉱(Tennantite)−ゴールドフィールド鉱(Goldfieldite)、テルル石(Tellurite)、パラテルル石(Paratellurite)、ごく少量のテルル銀鉱、これらの二次鉱物であるエモンス石(Emmonsite)、ラジャ石(Rajite)、ゼーマン石(Zemannite)、その他不明鉱物。テルル鉱物以外の鉱物として、黄鉄鉱、閃亜鉛鉱、方鉛鉱、斑銅鉱、輝銅鉱、自然金、白鉛鉱、硫酸鉛鉱、青鉛鉱、ミメット鉱、角銀鉱、孔雀石、藍銅鉱、バリシア石など。


砒四面銅鉱−ゴールドフィールド鉱と黄鉄鉱を含む石英 左右50ミリ


黄鉄鉱−砒四面銅鉱−ゴールドフィールド鉱の混在 一部にテルル石が見られる
 左右10ミリ

 これら試料群の観察の結果、一つの推論を導き出すに至った。桧沢ヒで観察されるテルル石は、自然テルルの分解酸化によって生じたものであると考えられているが、猿喰ヒには自然テルルが存在せず、散在するテルル石は自然テルルやテルルを含む硫化鉱物の分解酸化によってのものではなく、初性のものであるという可能性が頗る高いことである。
 まずは黄鉄鉱と混じり合うように産出する砒四面銅鉱−ゴールドフィールド鉱の観察からはじめる。この両者はテルルの含有量を変化させて混合あるいは累帯構造を成しており、外観は全く同じであるところから、機器を用いた分析以外に同定は不可能。しかもミリ大の結晶の内部でも累帯構造によってテルルの値が異なっている。砒四面銅鉱を形成する鉱液の供給と、テルルの供給によってゴールドフィールド鉱が生ずると考えられるのだが、時には供給されず、時には過剰になるというようにテルル量の急激な高低変化があり、あるいはゴールドフィールド鉱が生じないというように目まぐるしく環境が変化したと推測される。その背景には、鉱物の要素を運ぶ鉱液の量、現在の環境で言うなら温泉水の湧出量の変化があろうか。


砒四面銅鉱あるいはゴールドフィールド鉱の結晶(未分析) 左右10ミリ

 砒四面銅鉱−ゴールドフィールド鉱を含む黄鉄鉱は、いずれも微細な結晶の集合で、これらが層状に、あるいは混じり合っている状態で石英脈中に観察される。この石英脈には小さな空隙があり、砒四面銅鉱−ゴールドフィールド鉱とは無関係に、即ち黄鉄鉱のみの空隙にもテルル石が観察されるという点である。テルル石の大きさは、空隙の大きさにより、粒状では空隙を埋めるように1ミリほど、割れ目では10ミリを越える薄い板状。多くは1ミリ以下の針状結晶、その放射状集合、粉末状、独特の真珠光沢を持つ皮膜状であればパラテルル石の可能性がある。黄鉄鉱の脈中のテルル石で特筆すべきは、このズリから北西に100メートルほど離れた、猿喰ヒの露頭と思われる黄鉄鉱のみの脈の崩落部分からもテルル石が見出されている点である。


ゴールドフィールド鉱と黄鉄鉱を含む石英 左右10ミリ


石英の隙間に生じた薄い板状のテルル石 左右20ミリ


黄鉄鉱の多い隙間のテルル石 左右10ミリ


黄鉄鉱の隙間に生じた柱状のテルル石 左右20ミリ

 大沢ヒ、桧沢ヒでは自然テルルが普通に観察されるのだが、猿喰ヒでは全く観察されない。一般にゴールドフィールド鉱などの四面銅鉱系鉱物がある場合には自然テルルが確認されないという経験則が、ここでも確かめられたことになる。
 エモンス石は桧沢ヒでも観察されているように、あるいは北海道の手稲鉱山産のように多くは緑色の皮膜状、一見して染みのようであるが、猿喰産のものは結晶がはっきりとしており、時に短い柱状の結晶が集合して苔状を呈することがある。また、空隙の状態によって、隙間を埋めるように薄い板状、イガグリ状、これが最大で5ミリほどの半球状を呈することもある。色合いは灰緑色、濃緑色、黄緑色、黄色、茶褐色など。
 エモンス石(Emmonsite)は、当初ゴールドフィールド鉱の分解によって生じたものであると考えていたが、多量に存在するテルル石が生成の主たる要因であると考えられる。先にも述べたが、ゴールドフィールド鉱の全くない黄鉄鉱の中にもエモンス石が観察されるからである。単純に自然テルルが多くてもエモンス石が生成されるわけではなく、鉄が効率的に取り込まれる環境である必要がある。その点、猿喰産の黄鉄鉱は常態で淡い青緑色の硫酸鉄を発生させることから、これが結晶質エモンス石の生成という結果となったようである。化学式はFe2[TeO3]32H2O1885年にアメリカ合衆国のTombstonede見出され記載された含水亜テルル酸第二鉄鉱物。


ほぼ黄鉄鉱のみが存在する石英中のエモンス石 左右10ミリ

 黄鉄鉱の極めて少ない石英中のゴールドフィールド鉱の近傍に、ごく少量だが、黄色透明、光沢の頗る強い六角柱状のゼーマン石(Zemannite)が観察されることがある。分析していただいたところ、マグネシウムを全く含まないゼーマン石で、欽一石と構成成分の傾向が似ているとのことである。




ゼーマン石 黄色透明で細い柱状 強い光沢がある 左右10ミリ

 日本新産鉱物のラジャ石(Rajite)は、テルル石が厚い皮膜状に生じている石英の隙間に結晶していた。他に見られるのは、黄鉄鉱−砒四面銅鉱−ゴールドフィールド鉱の集合物。ごくごく少量。淡い青緑色不透明、テルル鉱物にままみられるような強い絹糸光沢で、皮膜状、微細な粒状の結晶集合。当初はデビル石などの硫酸塩鉱物ではなかろうかと推測していたが、光沢の様子が異なることから分析を行い判明した。
 ラジャ石は1079年にアメリカ合衆国のLone Pine鉱山で発見記載された鉱物で、化学式はCuTe2O5.世界で2番目の発見であった。原産地であるLone Pine鉱山の場合の源鉱物が不明瞭であるのに対して、河津鉱山では源鉱物としてゴールドフィールド鉱が想定され、源鉱物がより明確にされたということでも有意義であった。


ラジャ石はテルル石とエモンス石を伴う 青緑色結晶部分 左右10ミリ


ラジャ石の生じている部分には濃密にテルル石が存在する 左右10ミリ
黄色部分がパラテルル石



 その他テルル鉱物ではないが、河津鉱山全体を考えても少々稀と思われる鉱物や、ちょっと綺麗な鉱物をいくつか紹介する。白鉛鉱、緑鉛鉱、タンバン、異極鉱、亜鉛孔雀石、角銀鉱がそれ。その他燐酸塩鉱物もあるが、いずれ紹介したい。

 最後になるが、現在、河津鉱山のほぼ全域が採集禁止、立ち入り禁止とされている。無茶な採集活動が行われたことが原因である。これまで、黙認という形で採集が許されてきたわけで、決して快く受け入れられていたわけではない。無茶なことをすれば、自らの採集の場が失われてしまうことの証しでもある。


自然テルル 大沢露頭産 左右20ミリ
陶器状石英中に微細な柱状結晶の集合を成す


テルル石 大沢露頭産 左右20ミリ
黄褐色透明だけでなく灰褐色不透明の結晶もある







テルル石 桧沢産 左右20ミリ
綺麗な褐色透明な板状結晶


テルル石 桧沢産 左右10ミリ
短柱状結晶


自然テルル 桧沢産 左右20ミリ
微細な柱状結晶の集合 自然金を伴うことがある


自然金 桧沢産 左右5ミリ
自然テルル中に散在する


河津鉱 桧沢産 左右10ミリ
石英中の薄板状結晶







































エモンス石 猿喰ヒ 左右10ミリ










































































白鉛鉱 テルル鉱物ではないが間々みられる 左右20ミリ


緑鉛鉱 綺麗な緑色透明な柱状結晶 左右20ミリ


タンバン(硫酸銅)雨にも溶けずに良く残っていたと思う
 左右20ミリ


亜鉛孔雀石(青色仏頭状)と異極鉱  左右20ミリ
橋掛ヒ寄りで産出


角銀鉱 わずかに透明感のある緑色を呈する 
左右10ミリ

 I LOVE FLUORITE 蛍石大好き