採集鉱物図鑑


天沼鉱山の自然金 群馬県水上町


天沼鉱山については知識が乏しい。多くの方々も同様であったに違いない。突然A氏によって明らかにされたという感じである。貴重な試料が採集できるということは、多くの場合偶然による。この鉱山においての自然金の発見もまた、A氏の話では偶然によるもので、本来の目的は自然金ではなかったという。

 手許にある『日本金山誌』を開いてみると、記載はわずか1ページのみ。金の産出記録は、昭和7年から同17年まであり、18年の休山後も細々と稼業していたようだが、ついに昭和36年に閉山している。

鉱物には全く関心がない方で、鉱山の名称もご存知ないのだが、水上に筆者の知人がいる。その方の記憶では、今から60年ほど前になるから1950年頃、奈女沢辺りの山中で一人の老人が細々と採金作業し、日に何グラムかの粒金を採取しており、いずれ子供たちのために指輪かネックレスを作ってあげると言っていたそうで、その粒金を見せてもらったこともあるという。この話については、幾つも金の鉱山があるわけでもなし、位置関係から天沼鉱山のことではなかろうかと推測する。

実は筆者がこの知人の話を聞いたのは10年ほど前のことだが、内容は昔話として理解していた。即ち、今頃出かけて行っても自然金など取れやしない、仮に採集できても、顕微鏡でようやく観察可能な微細な粒状のものであろうという想像だけで、腰は上がらなかった。今回自然金を見出したA氏も、天沼鉱山を訪れた理由は水晶や瑪瑙など綺麗な石英質の鉱物が目当てであったという。

更に、A氏が水晶を採集に出かけたきっかけも、数年前に発行された出版物を読んでからであり、その出版物の発行者も自然金の産出には触れていなかったという。即ち、自然金を見出したことは何もかも偶然。だが、その偶然こそ、大きな発見につながるものである。

自然金を目的に天沼鉱山を訪れ、本坑近くのズリ石を叩いて不毛の産地と判断した方も多いのではなかろうか。自然金より、むしろ別の鉱物に目を向け、観察の範囲を広くとったことが、結果として今回の自然金発見に繋がったようだ。観察は視野を広くすることが大切であることを改めて認識させられた思いがする。

天沼鉱山付近の地質は中期中新世のデイサイトや流紋岩を主体とし、珪長質マグマが貫入したことに伴う熱水によって生じた鉱脈鉱床である。凝灰岩質の母岩に網目状の石英脈が発達し、これに伴って自然金が沈着しており、鉱山はこの富鉱部を開発した。ところが、今回自然金が見出された石英は、網目状の石英の空隙に3ミリほどの水晶が無数に生じている空隙部分で、多くは水晶の表面に薄い板状で晶出していた。天沼鉱山の自然金は苔のように見えるという古い記述があるのだが、言い得て妙なるその表現通りの産状である。以下に自然金の様々な形状、結晶の様子、産出の様子を紹介する。

産状を述べる前に重要な事柄を伝えねばならない。この辺りは、雪が消えると山ヒルが大発生する。筆者は蛇やヒルなど、細長くて脈動したり蛇行する生き物は、大きさは関係なく大嫌いである。だから山ヒルのいる地域へは採集に行かないと決心している。ここで天沼鉱山産自然金の写真を紹介することができたのは、A氏のご厚情があってのもの。今回紹介する自然金の総てはA氏らの採集によるものである。

平素見られるのは、水晶の上に点在する1ミリ以下の粒状自然金である。表面は鉄錆で汚れていたり、黒い物質が付着していることが多い。これらの汚れを除去する際、ブラシで強く擦ると、自然金が水晶から脱落することがあるので注意を要する。もちろん自然金の表面は軟質であるため、ブラシによる疵も想定しておかねばならない。

苔のような自然金であるとの記録の通り、薄い楕円形の板状自然金が複式に連なっている場合がある。その表面には三角形の結晶面が浮かび上がって確認できる例が多い。また、楕円形の薄板状自然金が重なり合って葉片状集合を成している例もある。薄い板状結晶の多くは平坦ではなく、わずかに波うっている。









@ゼニゴケか梅などの樹木に成長している地衣類に似ている
苔状自然金とは言い得て妙なる表現





A薄い板状の自然金が2〜3枚が重なり合っているのが分かる










B結晶表面に三角形の成長の文様が観察できる
葡萄の葉のような薄板状結晶もある







C刺のような突起が出た粒金のようにも見える
小さな八面体の結晶が付着した粒金であることが分かる




Dごくごく小さい粒状だが八面体の結晶形態が鮮明である




E薄い板状結晶の集合と厚みのある幅の狭い細板状自然金の集合
かなり複雑な形状をしている 比較的大きな集合である






F八面体結晶が柱状に伸びた集合結晶 厚みが感じられる
このタイプも苔を思わせる





Gころっとした肉厚な感じ
黒っぽい汚れで判断できないが結晶面も確認できる



H卒塔婆のように伸びた自然金が放射状に広がり樹の枝のようにも見える




I厚みの感じられる八面体結晶が板状に広がりV字形に固着している
横からの観察では蝶のようにも見える



J八面体結晶が伸びて枝別れした柱状になっている








K板状自然金の表面に微細な結晶が無数に成長してざらついた感触






L板状結晶端部が丸まっている場合も多い


M小さいが塊状






N最も大きな板状結晶の試料
表面に八面体の三角形の結晶が無数に浮き出ている

板状金の周辺部分の成長の様子も観察してほしい

 写真の寸法は、画面の左右が約4ミリから約15ミリ。
 自然金の結晶が大きくても、いずれも泥や苔などが付着していて見出すことは容易ではない。採集は、緻密な観察と、汚れをいかに丁寧に落とすかと言う点にあろう。酸などで汚れを落とすことも可能だが、水晶との接着部が弱く、剥落する可能性もあるので注意されたい。

 改めて水上の知人に問い合わせてみた。天沼鉱山の名称は覚えていないそうだ。当時、小規模だが砂金を採るための設備もあったようだ。金を産出したものか不明だが、他にも鉱山があったらしいので、どなたか、新たな発見を求めて探査してほしい。そして報告してほしい。


2011-04